「新60代女子」人生に悔いなし

幾つになっても、ワクワクする気持ちを忘れないでいようと思う。

父と晴れ姿、義母とアンマー

私が子供の頃、家は靴屋さんをやっていた。


地元では有名で、店名は [くつくつや]

当時にしたら、ウイツトの効いた、可愛い店名

だったと

今更ながら思う。


近所の人達は、くつくつやの まっちゃんと

私を呼んでいた。


今時期になると、田植えの準備で

地下足袋がよく売れた。

地下足袋も、何種類かあって、

晴れ姿 というブランドが、高級品で人気があった。


何故か、3歳ほどの私は、商売に興味があった様で

売れ筋分析??をやっていた変な子(^^)





今朝、偶然にも見つけた‼️


晴れ姿の看板‼️


驚き‼️


なんで、こんな所に、地下足袋 晴れ姿の看板が

あるの?



父のことを思い出し、心がほっこりした。



そして

義母が、昨夜から入院した。


特に問題はないそうだが、ナトリウム不足なので、

補う為に、暫く入院する事になったそうだ。


特別悪くない事と、病院の中。

それは、母の事を心配に思うみんなにとって

やっぱり安心できる。


今日は、主人がお見舞いに行ってくれる。


昔から、母に愛想の無い(^^)主人に

かりゆし58のアンマーを

動画で送っておいた。



初夏の晴れた昼下がり

私は生まれたと聞きました

母親の喜び様は

大変だったと聞きました

「ただ真っ直ぐ信じる道を

歩んでほしい」と願いこめて

悩み抜いたすえにこの名を

私に付けたと聞きました

我が家は あの頃から

やはり裕福な方ではなく

友達のオモチャや自転車を

羨ましがってばかり

少し困ったような顔で

『ごめんね』と

繰り返す母親のとなりで

いつまでもいつまでも

泣いたのを覚えてます

アンマーよ

アナタは私の全てを許し

全てを信じ全てを包み込んで

惜しみもせずに何もかもを

私の上に注ぎ続けてきたのに

アンマーよ

私はそれでも気付かずに

思いのままに過ごしてきたのでした


「強さ」の意味をはき違えて

ケンカや悪さばかりをくり返し

勝手気ままに遊びまわる

本当にロクでもない私が

真夜中の静けさの中

忍び足で家に帰ったときも

狭い食卓の上には

茶碗が並べられていました

自分の弱さに目を背け

言い訳やゴタクを並べ

何もせずにただ毎日を

だらだらと過ごし続け

浴びる程に飲んだ私が

明け方眠りに落ちる頃

まだ薄暗い朝の街へ

母は出て行くのでした

アンマーよ

私はアナタに言ってはいけない

決して口にしてはいけない言葉を

加減もせずに投げつけては

アナタの心を踏みにじったのに

アンマーよ

アナタはそれでも変わることなく

私を愛してくれました

木漏れ日のようなぬくもりで

深い海のような優しさで

全部 全部私の全てを包み込んだ

アナタの背中に員われながら

眺めた八重瀬岳の夕陽は

今日も変わらず

茜色に街を染める Yeah


度が過ぎるほどの頑固さも

わがままも卑怯な嘘もすべて

すべてを包み込むような

愛がそこにはありました

アナタのもとに

生れ落ちたことは

こんなにも幸せだった

今頃ようやく気付きました

こんな馬鹿な私だから

春先の穏やかな朝に

新しい命が生まれました

アナタの様によく笑う

宝石みたいな女の子

「優しさの中に凛々しさを

秘めた人」になるようにと願い

アナタの一番好きな

あの花の名前を付けました